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東京地方裁判所 昭和48年(特わ)78号 判決

被告人

本籍

東京都杉並区高円寺南三丁目二五〇番地

住居

東京都府中市新町一丁目三八番地の六

職業

会社員

宮越卓一

昭和七年三月一二日生

被告事件

所得税法違反

出席検察官

丸山利明

主文

1  被告人を懲役一年および罰金一、〇〇〇万円に処する。

2  右罰金を完納することができないときは、四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

3  この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、東京都府中市新町一丁目三八番地の六に居住し、昭和四六年五月一四日まで福徳信用組合本店営業部次長として勤務し、給与をうけるとともに、個人で商品の先物取引をして利益をあげていたものであるが、右取引益に対する所得税を免れようとくわだて、他人もしくは架空名義を使用して穀物・生糸等の先物取引をなし、得た利益を架空名義の預金に蓄積するなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和四四年分の前記給与所得と商品取引による雑所得を合計した実際所得金額が七八、四六〇、一〇三円あつたのにかかわらず、所得税の申告期限である同四五年三月一五日までに東京都府中市分梅町一丁目三一番地所在所轄武蔵府中税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出せず、もつて同年分の正規の所得税額四八、八八四、二〇〇円から右給与所得に対する源泉徴収税額四一、七〇〇円を差引いた四八、八四二、五〇〇円を免れ(別紙一、三)

第二  昭和四五年分の前記給与所得と商品取引による雑所得を合計した実際所得金額が二三、〇四三、一六五円あつたのにかかわらず、所得税の申告期限である同四六年三月一五日までに前記所轄武蔵府中税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出せず、もつて同年分の正規の所得税額一〇、五八七、二〇〇円から給与所得に対する源泉徴収税額五一、七〇〇円を差引いた一〇、五三五、五〇〇円を免れ(別紙二、三)

たものである。

(証拠の標目)(甲、乙は検察官の証拠請求の符号、押は当庁昭和四八年押一〇三五号のうちの符号を示す。)

全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述および検察官に対する各供述調書(乙11ないし14)

一  証人鈴木正已の当公判廷における供述

給与所得につき

一  給与台帳兼所得税源泉徴収簿二綴(押43)

商品売買益につき

一  次の者に対する大蔵事務官の質問てん末書

1 岸上昌(甲一3)

2 大森和恵(甲一11)

3 秋山素男(甲一14)

4 宮島義治(甲一18)

一  岸上昌の検察官に対する供述調書(甲一9)

一  岸上昌作成の各上申書(甲一19ないし25)

一  大蔵事務官作成の各調査書(甲一36ないし50、5455)

一  当用日記二冊(押25)

支払手数料につき

一  岸上昌に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一4)

一  住友銀行池袋支店代理吉崎善也作成の上申書(甲一28)

一  住友銀行池袋支店長清水衛作成の証明書(甲一30)

交際費につき

一  被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書(乙9)

一  大蔵事務官作成の調査書(甲一51)

一  伝票綴一綴(押5)

支払家賃につき

一  大森和恵に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一1213)

一  株式会社大雄商事社長斉藤尚之作成の上申書(甲一26)

一  大蔵事務官作成の調査書(甲一52)

支払利息につき

一  大蔵事務官作成の調査書(甲一53)

もどり利息につき

一  全国信用協同組合連合会東京支店長渡辺一郎作成の証明書(甲一31)

雑費につき

一  被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書(乙10)

貸付金利息につき

一  家中延子に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一15)

一  長谷川正勝作成の証明書(甲一34)

(弁護人の主張に対する判断)

第一弁護人の主張

一  昭和四四年度分の所得および犯意について

本件は、被告人が、商品取引員である岡地株式会社の東京支店長岸上昌に対し、いわゆる「委せ玉」(商品取引員が、商品取引につき、価格、数量等について顧客の具体的指示を受けないでその委託を受けること)の方法で商品取引の委託をしたものであるが、いわゆる委せ玉の方法で行われた商品取引によつて利益が発生した場合、その利益が委託者である顧客に帰属する期間は、委託者が委託者である商品取引員から精算書等によつて報告を受け、かつ精算金の支払を受けた時点であると解すべきである。けだし、顧客が商品取引員に商品取引を委託することは民法上の委任に該当するが、商品取引員が商品市場において行う売買取引は、商品取引は、商品取引員の名前と責任において行うものであつて、いわゆる代理行為ではないから、それによつて生じた利益は、まず売買当事者たる商品取引員に帰属し、ついで商品取引員が委託者である顧客に精算書等によつて報告し、かつそれを引渡したときに始めて委託者に帰属するにいたるものと解すべきだからである。

ところで、被告人は昭和四四年一二月二九日、かねて委せ玉の方法で商品取引の委託をしていた前記岡地株式会社東京支店長の岸上昌から、同年中の総利益金が一億円余りあることを口頭で告げられ、かつその利益金の一部として二六、一七六、八〇〇円を受取つたが、取引の明細を記載した売買報告書および残余の利益金合計七九、五七八、六四〇円を受取つたのは昭和四五年一月になつてからである。したがつて、右商品取引による利益金合計一〇五、七五五、四四〇円のうち昭和四四年度の利益となるべきものは同年中に受取つた二六、一七六、八〇〇円のみであつて、残余の七九、五七八、六四〇円は昭和四五年度の利益とすべきであるから、結局昭和四四年度分については欠損となり被告人には所得がなかつたことに帰する。

かりに、右一〇五、七五五、四四〇円が税法上はすべて昭和四四年度の利益となるものとしても、被告人は、昭和四五年一月に受取つた右七九、五七八、六四〇円については昭和四四年度の利益とはならないものと考えていたのであるから、結局昭和四四年度については、被告人には所得の存在の認識すなわち所得税ほ脱の犯意がなかつたことに帰する。

二  昭和四五年度分の所得税ほ脱の犯意について

税務当局の査察が実施された年度における所得について、納税者がその納期限前に税務当局に対し所得のあるべきことを自白している場合には、たとえ無申告のまま納期限を徒過したとしても、脱税の犯意は、納期限においてすでに消滅しているものというべきである。被告人は、昭和四五年度の所得税の納期限前である昭和四六年二月一五日、東京国税局の査察官に対し、「昭和四四年一二月末において生糸相場による利益が一億円余りあつたこと、ならびに委せ玉であつたので詳細は岡地株式会社東京支店長の岸上昌に聞いてもらいたい」旨供述したのであるから、納期限前に査察官に対してなした右自白によつて被告人の所得税ほ脱の犯意は消滅したものというべきである。したがつて、昭和四五年度分については、被告人には所得税ほ脱の犯意がなかつたものである。

三  不正行為の認識について

被告人が、本件商品取引の委託者名義および預金口座名義として架空名義を使用したのは、(イ)勤務先の資金や株券を流用していたので、その資金源を秘匿したかつた、(ロ)いわゆる仕手戦における建玉の本体をカムフラージしたかつた。(ハ)流用した株券や資金を回収したかつたためであつて、脱税の手段として使用したものではない。したがつて、被告人には右各架空名義の使用が、脱税の手段としての偽りその他の不正行為に当たるとの認識がなかつたものである。

第二当裁判所の判断

一  昭和四四年度分の所得および犯意について

被告人の当公判廷における供述および検察官に対する供述調書(乙1112)、岸上昌の検察官に対する供述調書(甲一9)、岡地株式会社東京支店常務取締役岸上昌作成の「宮越卓一に支払つた金額及其の資金源について」と題する上申書(甲一25)、当用日記二冊(押25)によると、被告人は、昭和四二年ころから岡地株式会社東京支店に商品取引を委託していたが、同支店が昭和四四年中に被告人のために行つた商品取引によつて、同年度の納会日である同年一二月二七日現在損益差引一〇五、七五五、四四〇円の利益が発生したこと、そこで同支店の支店長岸上昌は同月二九日、被告人に対し、同年中の取引によつて一億円余りの利益が発生したことを告げたうえ、その利益金の一部として二六、一七六、八〇〇円を渡し、さらに昭和四五年一月七日から同月三〇日までの間に数回わたつて残余の利益金合計七九、五七八、六四〇円を渡すとともに、同月三〇日右取引の経過を記載した報告書を渡したことが認められる。

ところで、商品市場における売買取引は、商品取引所の会員のみがこれを行いうるものである(商品取引所法七七条)。そして商品市場における売買取引の委託を受けることができるものは商品取引員たる会員に限られる(同法四一条三項)から、会員以外の者がこの市場を利用して商品の売買を行う場合には、商品取引員に委託者の計算で、取引員の名において商品市場で売買取引をしてもらうほかはない。

この場合における取引員の地位、すなわち他人の委託を受けて商品市場で商品の売買取引を行うことを業とする取引員の地位は、自己の名をもつて他人のために売買をなすことを業とするものであるから、商法の問屋に該当する。したがつて取引員と委託者との間においては委任および代理に関する規定が準用される(商法五五二条二項)から、取引員のなした売買の効果は、経済的にはもとより、法律的には当然に委託者に帰属し、したがつてまた、取引員のなした商品取引によつて利益が発生した場合には、その利益は発生と同時に、経済的にも法律的にも当然に委託者に帰属するものというべきである。そうすると、前記岡地株式会社が被告人のために行つた商品取引による利益合計一〇五、七五五、四四〇円は、いずれも昭和四四年中に被告人に帰属していたものと認めるべきである。そして、商品取引による利益は、たとえそれがいわゆる委せ玉の方法によつて行われたものであつても、利益が発生したときに所得税法上の「収入すべき金額」として確定し、そのときの属する年度の所得に算入されるものと解するのが相当であるから、右一〇五、七五五、四四〇円はすべて被告人の昭和四四年度の所得に算入されるものというべきである。

よつて、この点の弁護人の主張は採用することができない。

また、被告人の検察官に対する供述調書(乙1112)によると、被告人は昭和四四年度の所得税の納期限前において、所得は年度ごとに計算するものであること、前記商品取引による利益一〇五、七五五、四四〇円はすべて昭和四四年中に発生したものであることを知つていたと認められること、被告人は当時金融機関の要職にあつたものであるから、所得に算入されるべき利益は、いわゆる発生主義によつて計算されるべきことを十分知つていたものと考えられること等を総合すると、被告人は、商品取引によつてえた前記一〇五、七五五、四四〇円の利益はすべて昭和四四年度の被告人の所得に算入されるべきことを知つていたものと認めるのが相当である。右認定に反する被告人の当公判廷における供述は信用することができず、したがつて、この点の弁護人の主張も採用することができない。

二  昭和四五年度分の所得税ほ脱の犯意について

被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書(乙2)、証人鈴木正已の当公判廷における供述によると、被告人は、昭和四五年度分の所得税の納期限前である昭和四六年二月一五日、東京国税局の質問調査に際し、同局査察官に対し、「昭和四四年一一月の終りから一二月にかけて岡地株式会社に委託して行つた生糸の取引で一億円位の利益が出た。」旨供述していることは認められるが、さらに昭和四五年度の取引によつても利益がでたのかどうか、岡地株式会社以外にどのような商品取引員を利用し、どのような取引をしていたのか、また被告人が個人でやつていたのか他人と共同してやつていたのか等取引の実態については明確な供述をしておらず、したがつて、この時点においては東京国税局においても、これらの点を含む被告人の商品取引の実態が不明のままであつたこと、同国税局において、本件商品取引が被告人の単独の取引であることが判明し、その内容をほぼ明らかにしえたのは昭和四五年度の所得税の納期限を過ぎた昭和四六年五月ころであつたことが明らかである。

ところで、被告人の検察官に対する供述調書(乙1112)によると、被告人は、昭和四五年度においても、昭和四四年度の利益よりは少額であるが、なお何千万かの商品取引による利益があつたことを認識していたものと認められるところ、もし昭和四五年度分の所得について被告人に納税の意思があつたのであれば、前記質問調査に際し、査察官に対し、自己が関与していた取引員金員を明らかにするとともに、従来の取引状況をすべて明らかにし、かつ昭和四五年度分の所得の概算額を供述していたはずであるのに、これらの点について明確な供述をせず、またもし納税の意思があつたのであれば、後日修正申告をすることを予定してでも納期限内に納税申告をすることもできたはずであるのに、これについて何らなすところなく漫然期限を徒過したものであるから、これらの事実によれば、昭和四五年度の所得税の納期限において被告人に納税の意思があつたものとは到底認められない。

なお、前記のとおり、昭和四五年度の所得税の納期限において、東京国税局においては、被告人の商品取引の実態、ひいて被告人の所得がいくばくであるのかについて、いまだ明らかとなつていなかつたのであるから、同局が被告人に対し、昭和四五年度分の所得税の申告を指導しなかつたとしても、そのことに何らの罪とがもないものというべきである。

よつて、この点についての弁護人の主張も採用できない。

三  不正行為の認識について

被告人の検察官に対する供述調書(乙11ないし14)、岸上昌の検察官に対する供述調書(甲一9)によると、被告人が本件商品取引において、その取引口座および預金口座に架空名義を使用したのは、一面弁護人主張の理由からでもあつたと認められるが、他面、同時に税務当局に対し、被告人が商品取引を行つていることを秘匿するためでもあつたものと認められる。そして、所得を秘匿するために架空名義の取引口座および預金口座を使用することが不正行為に当ることは明らかであるから、被告人には不正行為の認識があつたものというべきである。

よつて、この点についての弁護人の主張も採用することができない。

(確定裁判)

被告人は、昭和四七年八月八日東京高等裁判所で犯人隠秘教唆、業務上過失傷害、道路交通法違反の罪により懲役一年(四年間執行猶予)に処せられ、右裁判は同月二三日確定したものであつて、この事実は前科調書によつて認める。

(法令の適用)

各所得税法二三八条(いずれも懲役刑と罰金刑を併合)。刑法四五条前段後段、五〇条、四七条本文、一〇条(第一の罪の刑に加重)、四八条二項。同法一八条(主文2)。同法二五条一項(主文3)。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本昭徳)

別紙一

修正損益計算書

宮越卓一

自 昭和44年1月1日

至 昭和44年12月31日

〈省略〉

別紙二

修正損益計算書

宮越卓一

自 昭和45年1月1日

至 昭和45年12月31日

〈省略〉

別紙三

課税総所得金額および税額計算書

宮越卓一

〈省略〉

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